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コンクリ張りの一室。寒々しく生活感の無い部屋。
所有物はパイプが剥き出しの簡易ベッドと硝子のテーブル
古ぼけたソファに大きく育ちすぎたゼラニウムとサボテンの鉢植え、のみ。
漆黒のカーテンが陽光を遮る暗い室内。
未だ夢現の狭間にある意識を無理矢理覚醒させれば、
一通の電子通信を小さな機械で某所に宛てる。軋むベッドの上
「時間、午前一時五十二分。事後処理を頼む」
短い文章を打ち終えれば、唯ぼぅやり見詰める、冷たい色をした天井。
必死に助けを請いながら、されど願いが届かなかった時の。
最後の最後に彼らが見せる、あの澱んだ刹那の瞳。
決死に見開かれた双眸から、徐々に光が失われていく瞬間は。
——何度経験した処で、一向に馴れる気配が無い。
「…早かったな。今、済んだトコだ」
綺麗に着こなしたスーツ姿に無表情な面を引っ提げながら、挨拶を寄越す彼に
緩慢な仕草で片手を上げ、此方も挨拶代わりと吐き出す煙草の紫煙。
「…いつも思うんだが。御前が連れてくる奴らは皆凄惨だな」
片足が千切れた者、全身銃弾で蜂の巣にされた者、顔中に大火傷を負った
若い女性、胴体を二つに切断された幼子、全身毛むくじゃらの黒焦げ遺体。
瞬き一つしない相手に、そんなことを不意に囁かれ。
何だ今更そんな事、と朽ちた吸い殻を靴の爪先で踏みにじりながら振り返る矢先。
「苦しく、ならないのか」
不意に問われ、思わず細める双眸。
「助からないと解っていて、何故構う」
尚も立て続けに向けられる、疑問符とも付かぬ疑問符。
血と体液にまみれた片手を此方へ懸命に伸ばす相手の
生命線という名の炎はもう、消えてしまうモノと解っているのに。
「事後処理は良い。俺の仕事だ。綺麗に整えて、身内に返そう。
身内が居ないのなら、弔ってやる事も出来る」
整った顔に笑みすら浮かべず、淡々と詞を続ける死化粧師。
助けることの出来なかった遺体を彼に引き取って貰っていた。いつも。
引き取って、外観を綺麗に整え、身内に引き渡すか、或いは
葬儀までをも受け持って貰う。——尤も、己が引き受ける患者は
訳ありが多く、大抵は淋しい結末となることが殆ど。
新しい煙草をくわえる己に、無言でライターの火を差し出す相手の恩恵を
受けてから。「助かってるよ」と素っ気なく返す詞。
「その傷はどうした」
不意に話の方向をねじ曲げられ、示される左腕。
黒いシャツに染み付いた真新しい血液の跡。ざっくり裂かれた傷口を
手当すらせず、衣服の下で剥き出しに揺らしていたら、案の定突っ込まれた。
「患者に引っ掛かれた」
すぐ治ると微かに笑って、何かの発作のように唯、吐き出す紫煙。
「…御前、死ぬぞ。こんなことを続けていたら、近い内に」
小さな溜息と同時にゆっくり首を振りながら、呆れるように、言われた。
此もまた、いつもの日常。何度となく、今までに繰り返されたやりとり。
「——医者だから」
そして、また同じ詞を返すのだ。
医者だから、目の前で死にかけている輩が居れば助けたいと願い
苦しんでいる輩がいれば、それを取り除きたいと望む。
「馬鹿な奴だよ。御前は」
溜息混じりに蔑むような詞の後で。
せめて飯と睡眠くらいはちゃんと取れと、肩を叩かれ去っていく、その
後ろ姿を静かに、見送った。
毎日毎日、目の前を通り過ぎていく命という名の光。
身動きが取れなくなる程の痛みと苦しみ。
痛いのは己よりも患者だと、振り切って唯相手と向かい合う、そんな日々を。
遡れば、己とて昔は無慈悲に花の芽を摘むように、人の命を
面白半分に奪っていた時期があったのだと、思い知る。
——贖罪だ。零れていく命を頼りない掌で掬おうと足掻くことで、
昔の罪を償っているような気持ちに浸っているだけ。
自分は、結構なエゴイストだから。
「…さて。言われちまったし、飯でも食いに行くかね」
せめて安らかに眠ってくれたら良いと、救えなかった幼い命を一瞬
振り返り、心の中で十字を斬ろう。せめて、道に迷わぬように。
真っ直ぐ天国までの道筋を歩いて、辿り着いた其処で笑ってくれますようにと。
祈りを込めて。———A-men.
==========================
四月一日の日常。
ぐだぐだした文章の造りは普段通り。
患者はいつでも募集してます。
怪我した人は診療所の扉を、どうか
乱雑に蹴破って入ってきて下さい。
所有物はパイプが剥き出しの簡易ベッドと硝子のテーブル
古ぼけたソファに大きく育ちすぎたゼラニウムとサボテンの鉢植え、のみ。
漆黒のカーテンが陽光を遮る暗い室内。
未だ夢現の狭間にある意識を無理矢理覚醒させれば、
一通の電子通信を小さな機械で某所に宛てる。軋むベッドの上
「時間、午前一時五十二分。事後処理を頼む」
短い文章を打ち終えれば、唯ぼぅやり見詰める、冷たい色をした天井。
必死に助けを請いながら、されど願いが届かなかった時の。
最後の最後に彼らが見せる、あの澱んだ刹那の瞳。
決死に見開かれた双眸から、徐々に光が失われていく瞬間は。
——何度経験した処で、一向に馴れる気配が無い。
「…早かったな。今、済んだトコだ」
綺麗に着こなしたスーツ姿に無表情な面を引っ提げながら、挨拶を寄越す彼に
緩慢な仕草で片手を上げ、此方も挨拶代わりと吐き出す煙草の紫煙。
「…いつも思うんだが。御前が連れてくる奴らは皆凄惨だな」
片足が千切れた者、全身銃弾で蜂の巣にされた者、顔中に大火傷を負った
若い女性、胴体を二つに切断された幼子、全身毛むくじゃらの黒焦げ遺体。
瞬き一つしない相手に、そんなことを不意に囁かれ。
何だ今更そんな事、と朽ちた吸い殻を靴の爪先で踏みにじりながら振り返る矢先。
「苦しく、ならないのか」
不意に問われ、思わず細める双眸。
「助からないと解っていて、何故構う」
尚も立て続けに向けられる、疑問符とも付かぬ疑問符。
血と体液にまみれた片手を此方へ懸命に伸ばす相手の
生命線という名の炎はもう、消えてしまうモノと解っているのに。
「事後処理は良い。俺の仕事だ。綺麗に整えて、身内に返そう。
身内が居ないのなら、弔ってやる事も出来る」
整った顔に笑みすら浮かべず、淡々と詞を続ける死化粧師。
助けることの出来なかった遺体を彼に引き取って貰っていた。いつも。
引き取って、外観を綺麗に整え、身内に引き渡すか、或いは
葬儀までをも受け持って貰う。——尤も、己が引き受ける患者は
訳ありが多く、大抵は淋しい結末となることが殆ど。
新しい煙草をくわえる己に、無言でライターの火を差し出す相手の恩恵を
受けてから。「助かってるよ」と素っ気なく返す詞。
「その傷はどうした」
不意に話の方向をねじ曲げられ、示される左腕。
黒いシャツに染み付いた真新しい血液の跡。ざっくり裂かれた傷口を
手当すらせず、衣服の下で剥き出しに揺らしていたら、案の定突っ込まれた。
「患者に引っ掛かれた」
すぐ治ると微かに笑って、何かの発作のように唯、吐き出す紫煙。
「…御前、死ぬぞ。こんなことを続けていたら、近い内に」
小さな溜息と同時にゆっくり首を振りながら、呆れるように、言われた。
此もまた、いつもの日常。何度となく、今までに繰り返されたやりとり。
「——医者だから」
そして、また同じ詞を返すのだ。
医者だから、目の前で死にかけている輩が居れば助けたいと願い
苦しんでいる輩がいれば、それを取り除きたいと望む。
「馬鹿な奴だよ。御前は」
溜息混じりに蔑むような詞の後で。
せめて飯と睡眠くらいはちゃんと取れと、肩を叩かれ去っていく、その
後ろ姿を静かに、見送った。
毎日毎日、目の前を通り過ぎていく命という名の光。
身動きが取れなくなる程の痛みと苦しみ。
痛いのは己よりも患者だと、振り切って唯相手と向かい合う、そんな日々を。
遡れば、己とて昔は無慈悲に花の芽を摘むように、人の命を
面白半分に奪っていた時期があったのだと、思い知る。
——贖罪だ。零れていく命を頼りない掌で掬おうと足掻くことで、
昔の罪を償っているような気持ちに浸っているだけ。
自分は、結構なエゴイストだから。
「…さて。言われちまったし、飯でも食いに行くかね」
せめて安らかに眠ってくれたら良いと、救えなかった幼い命を一瞬
振り返り、心の中で十字を斬ろう。せめて、道に迷わぬように。
真っ直ぐ天国までの道筋を歩いて、辿り着いた其処で笑ってくれますようにと。
祈りを込めて。———A-men.
==========================
四月一日の日常。
ぐだぐだした文章の造りは普段通り。
患者はいつでも募集してます。
怪我した人は診療所の扉を、どうか
乱雑に蹴破って入ってきて下さい。
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——触れれば淡く、儚く消えてしまう雪のような。
もう長いこと、熱が下がらない。熱く火照った身体。
なのに枕元へ伸ばす指先は、己自身でも驚くほど氷の如く冷たい。
ふらつく足取りで歩み寄る縁側。障子に片手を掛ければ開け放す。
——雪が降っていた。こんこんと。音も無く、閑散とした裏庭に
降り積もる白い結晶。灰色に濁った空の色。太陽も月も、見えない。
嫌な夢を見てしまったから、意識を現実に引き戻そうと思った。
なのに、夢と現実の堺すら、此の家では曖昧。
此の部屋から一歩外に出ることすら許されぬ己は、籠の鳥などという
可愛らしいモノでは無いのかも知れない。
「鴫さん」
振り返れば、其処に。とても珍しい顔があった。
もう何ヶ月もその顔を見ていない。同じ敷地内に住む、実の母親であっても。
「具合はどう?」
穏やかな穏やかな声音で、優しく優しく語りかけるその風情。
凛と美しく、涼やかな立ち姿。歳を取ってもその艶やかさは変わらぬと——
そういえば、誰かが言っていた。
「…平気」
呟いて、無理矢理笑顔を作って。
込み上げる吐き気を唯、何とか堪えた。
「…お薬、此処に置いておくから。無理はしないでね」
穏やかな笑顔をその侭、絶やすことなく去っていった母の
後ろ姿は、されど何処か遠く感じた。
記憶は数年前に遡る。
医者との口論を、偶然此の耳に聞き入れてしまった時の事。
もう治らない病気なら、治療を続けることに何の意味があるのかと。
——彼女は確かに、そう言った。
「…薬…——」
其れ以来、数ヶ月に一度、時折思い出したように
此処を訪れ、優しい言葉をかけて置き去りにしていく漆塗りの盆の上に
普段の治療薬とは異なる、紅い色をした錠剤が追加された。
何の疑いもせず、それを口に含んだ瞬間、死の淵に立たされた己は
それから、今も尚それと同じモノを目の前に悩んでいる。
——此は、優しさなのだろうか。
それとも、殺意なのだろうか。
早く楽になれと背中を押されているのか、
早く楽にさせてくれと背中で喚かれているのか。
気が付けば、そんなことばかり考えている。
「…ん。 …ちゃん。 …おねぇちゃん」
「鴫お姉ちゃん!」
「…わぁッ !?」
突如、耳元で叫ばれて起き上がった瞬間。
己を覗き込むような体勢だった相手と思い切り良く
額をぶつけ、互いに其処を押さえながら呻くという結末は。
「…な、なん…——っ、吃驚した……」
小さな驚きと共に。
どうやら、何時の間にか床について眠ってしまっていたらしい
己の布団の横に、ちょこんと腰かける小さな姿が在ったから。
「…へへ。また、遊びに来たよ。…お姉ちゃん、未だ風邪引いてるの?
開けっ放しじゃ寒いでしょ?風邪、酷くなっちゃうから、僕閉めておいた」
可愛らしい顔で無邪気に笑う、あの時の少年。
あれから半年しか経っていないというのに、その笑顔は
幼子から少年の其れへと変化を遂げていた。
「…また、来てくれはったん……?」
白い指先で頭を撫でれば、嬉しそうに笑う彼の頬に
そ、と冷たい唇を押し当て口付ける。
いっちょ前に真っ赤になりながら、慌てたように
距離を取る相手の反応が楽しくて、久しぶりに上がる笑み声。
「…何、恥ずかしいん……?」
つ、と顔を寄せ、首を傾げながら問い掛ける。
何かを言い返したくて、それでも詞が出てこないのか
必死に口をぱくぱくと開閉させる相手の様子はまるで
酸素が足りない金魚を思わせた。
「…可愛いね。あんさん」
未だ紅い顔で此方を何処か、恨めしそうに見遣る彼の視線に
それでも暖かいモノを感じたのは、何故だったのか。
「…風邪が」
「…ん?」
「風邪が治ったら、一緒に何処か、遊びに行こ?」
片手を軽く引っ張られ、そんな詞をかけられて。
一瞬胸の奥が、ひきつれるように声が出なくなった。
「僕、また遊びに来るから。お姉ちゃんの風邪が治るまで、
遊びに来るから。…だから」
つたないながらも一生懸命詞を選んで語る相手の真剣な様子に
はぐらかすことも巫山戯ることも出来ず。——唯、何時しか頷いていた。
「…風邪が、治ったら」
「約束だよっ」
差し出される指先に、戸惑いながらも己の指先を、そっと絡めて。
——去り行く間際に渡した金魚のブローチを、貴方は今も
持ってくれているのだろうか。
あの日、確かに自分は、貴方の純粋な清い優しさに、救われたのだ。
「…ぅん。あの頃のあんさんは、本当に可愛かった」
「…なんですか、それ。まるで今のアタシにかわいげがない
みたいな言い方じゃないですか」
「ははっ。そうやって拗ねた顔するあんさんも、わいは可愛いと思うんやけど」
小さな溜息を付く相手の額をこつん、と小突いて。
「…鴫から沙砂に、生まれ変わったわいのことも、変わらず愛してくれる?」
「…アタシは今の沙砂の方が、好きですよ」
穏やかに笑う、貴方の笑顔も。
あの頃より大人びた其れになりはしたけれど。
「今度、何処か遊びに行きましょう。紅葉狩りなんか、どうでしょ。
山登り、なんて爺臭いですかねぇ…——」
「何処でもえぇよ。あんさんと一緒なら」
「なら、明日も明後日もその次も。ずっと一緒に居ましょう」
今なら、笑顔で頷ける。
差し出されたその手を繋いで、貴方の隣を足並み揃えて歩くことも。
———今なら、出来るから。
====================
遅くなりました。冬編「雪花」です。
とてつもなく強引に現代へと繋げました(凹)
なんだか恥ずかしいバカップルぶり。
…でもイイの。だってバカップルだからッッ(…)
ということで。某様これからも宜しく。
取り敢えず沙砂の過去編は此で一旦、一段落です。
もう長いこと、熱が下がらない。熱く火照った身体。
なのに枕元へ伸ばす指先は、己自身でも驚くほど氷の如く冷たい。
ふらつく足取りで歩み寄る縁側。障子に片手を掛ければ開け放す。
——雪が降っていた。こんこんと。音も無く、閑散とした裏庭に
降り積もる白い結晶。灰色に濁った空の色。太陽も月も、見えない。
嫌な夢を見てしまったから、意識を現実に引き戻そうと思った。
なのに、夢と現実の堺すら、此の家では曖昧。
此の部屋から一歩外に出ることすら許されぬ己は、籠の鳥などという
可愛らしいモノでは無いのかも知れない。
「鴫さん」
振り返れば、其処に。とても珍しい顔があった。
もう何ヶ月もその顔を見ていない。同じ敷地内に住む、実の母親であっても。
「具合はどう?」
穏やかな穏やかな声音で、優しく優しく語りかけるその風情。
凛と美しく、涼やかな立ち姿。歳を取ってもその艶やかさは変わらぬと——
そういえば、誰かが言っていた。
「…平気」
呟いて、無理矢理笑顔を作って。
込み上げる吐き気を唯、何とか堪えた。
「…お薬、此処に置いておくから。無理はしないでね」
穏やかな笑顔をその侭、絶やすことなく去っていった母の
後ろ姿は、されど何処か遠く感じた。
記憶は数年前に遡る。
医者との口論を、偶然此の耳に聞き入れてしまった時の事。
もう治らない病気なら、治療を続けることに何の意味があるのかと。
——彼女は確かに、そう言った。
「…薬…——」
其れ以来、数ヶ月に一度、時折思い出したように
此処を訪れ、優しい言葉をかけて置き去りにしていく漆塗りの盆の上に
普段の治療薬とは異なる、紅い色をした錠剤が追加された。
何の疑いもせず、それを口に含んだ瞬間、死の淵に立たされた己は
それから、今も尚それと同じモノを目の前に悩んでいる。
——此は、優しさなのだろうか。
それとも、殺意なのだろうか。
早く楽になれと背中を押されているのか、
早く楽にさせてくれと背中で喚かれているのか。
気が付けば、そんなことばかり考えている。
「…ん。 …ちゃん。 …おねぇちゃん」
「鴫お姉ちゃん!」
「…わぁッ !?」
突如、耳元で叫ばれて起き上がった瞬間。
己を覗き込むような体勢だった相手と思い切り良く
額をぶつけ、互いに其処を押さえながら呻くという結末は。
「…な、なん…——っ、吃驚した……」
小さな驚きと共に。
どうやら、何時の間にか床について眠ってしまっていたらしい
己の布団の横に、ちょこんと腰かける小さな姿が在ったから。
「…へへ。また、遊びに来たよ。…お姉ちゃん、未だ風邪引いてるの?
開けっ放しじゃ寒いでしょ?風邪、酷くなっちゃうから、僕閉めておいた」
可愛らしい顔で無邪気に笑う、あの時の少年。
あれから半年しか経っていないというのに、その笑顔は
幼子から少年の其れへと変化を遂げていた。
「…また、来てくれはったん……?」
白い指先で頭を撫でれば、嬉しそうに笑う彼の頬に
そ、と冷たい唇を押し当て口付ける。
いっちょ前に真っ赤になりながら、慌てたように
距離を取る相手の反応が楽しくて、久しぶりに上がる笑み声。
「…何、恥ずかしいん……?」
つ、と顔を寄せ、首を傾げながら問い掛ける。
何かを言い返したくて、それでも詞が出てこないのか
必死に口をぱくぱくと開閉させる相手の様子はまるで
酸素が足りない金魚を思わせた。
「…可愛いね。あんさん」
未だ紅い顔で此方を何処か、恨めしそうに見遣る彼の視線に
それでも暖かいモノを感じたのは、何故だったのか。
「…風邪が」
「…ん?」
「風邪が治ったら、一緒に何処か、遊びに行こ?」
片手を軽く引っ張られ、そんな詞をかけられて。
一瞬胸の奥が、ひきつれるように声が出なくなった。
「僕、また遊びに来るから。お姉ちゃんの風邪が治るまで、
遊びに来るから。…だから」
つたないながらも一生懸命詞を選んで語る相手の真剣な様子に
はぐらかすことも巫山戯ることも出来ず。——唯、何時しか頷いていた。
「…風邪が、治ったら」
「約束だよっ」
差し出される指先に、戸惑いながらも己の指先を、そっと絡めて。
——去り行く間際に渡した金魚のブローチを、貴方は今も
持ってくれているのだろうか。
あの日、確かに自分は、貴方の純粋な清い優しさに、救われたのだ。
「…ぅん。あの頃のあんさんは、本当に可愛かった」
「…なんですか、それ。まるで今のアタシにかわいげがない
みたいな言い方じゃないですか」
「ははっ。そうやって拗ねた顔するあんさんも、わいは可愛いと思うんやけど」
小さな溜息を付く相手の額をこつん、と小突いて。
「…鴫から沙砂に、生まれ変わったわいのことも、変わらず愛してくれる?」
「…アタシは今の沙砂の方が、好きですよ」
穏やかに笑う、貴方の笑顔も。
あの頃より大人びた其れになりはしたけれど。
「今度、何処か遊びに行きましょう。紅葉狩りなんか、どうでしょ。
山登り、なんて爺臭いですかねぇ…——」
「何処でもえぇよ。あんさんと一緒なら」
「なら、明日も明後日もその次も。ずっと一緒に居ましょう」
今なら、笑顔で頷ける。
差し出されたその手を繋いで、貴方の隣を足並み揃えて歩くことも。
———今なら、出来るから。
====================
遅くなりました。冬編「雪花」です。
とてつもなく強引に現代へと繋げました(凹)
なんだか恥ずかしいバカップルぶり。
…でもイイの。だってバカップルだからッッ(…)
ということで。某様これからも宜しく。
取り敢えず沙砂の過去編は此で一旦、一段落です。
人が創った、くだらねぇ物語に出てくるような天使だ。
お綺麗な。——性質は余り綺麗じゃぁねぇけどよ。
遣り方が姑息で。…ぁ?先に斬り掛かってきたのはそっちだろ?
そりゃぁ悪かったな。
悪いと思ったら「ゴメンナサイ」でイイんだよ。間違えたら
「間違えました」でイイ。中身なんざ要らねぇな。
——口先だけでも、無いよりはましだろぅよ。
そんな目で見ンな。ネンネの餓鬼に見詰められた処で
俺の持ち物は反応しねぇ。色気身に付けて、精々出直すンだな。
お綺麗な。——性質は余り綺麗じゃぁねぇけどよ。
遣り方が姑息で。…ぁ?先に斬り掛かってきたのはそっちだろ?
そりゃぁ悪かったな。
悪いと思ったら「ゴメンナサイ」でイイんだよ。間違えたら
「間違えました」でイイ。中身なんざ要らねぇな。
——口先だけでも、無いよりはましだろぅよ。
そんな目で見ンな。ネンネの餓鬼に見詰められた処で
俺の持ち物は反応しねぇ。色気身に付けて、精々出直すンだな。