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——触れれば淡く、儚く消えてしまう雪のような。
もう長いこと、熱が下がらない。熱く火照った身体。
なのに枕元へ伸ばす指先は、己自身でも驚くほど氷の如く冷たい。
ふらつく足取りで歩み寄る縁側。障子に片手を掛ければ開け放す。
——雪が降っていた。こんこんと。音も無く、閑散とした裏庭に
降り積もる白い結晶。灰色に濁った空の色。太陽も月も、見えない。
嫌な夢を見てしまったから、意識を現実に引き戻そうと思った。
なのに、夢と現実の堺すら、此の家では曖昧。
此の部屋から一歩外に出ることすら許されぬ己は、籠の鳥などという
可愛らしいモノでは無いのかも知れない。
「鴫さん」
振り返れば、其処に。とても珍しい顔があった。
もう何ヶ月もその顔を見ていない。同じ敷地内に住む、実の母親であっても。
「具合はどう?」
穏やかな穏やかな声音で、優しく優しく語りかけるその風情。
凛と美しく、涼やかな立ち姿。歳を取ってもその艶やかさは変わらぬと——
そういえば、誰かが言っていた。
「…平気」
呟いて、無理矢理笑顔を作って。
込み上げる吐き気を唯、何とか堪えた。
「…お薬、此処に置いておくから。無理はしないでね」
穏やかな笑顔をその侭、絶やすことなく去っていった母の
後ろ姿は、されど何処か遠く感じた。
記憶は数年前に遡る。
医者との口論を、偶然此の耳に聞き入れてしまった時の事。
もう治らない病気なら、治療を続けることに何の意味があるのかと。
——彼女は確かに、そう言った。
「…薬…——」
其れ以来、数ヶ月に一度、時折思い出したように
此処を訪れ、優しい言葉をかけて置き去りにしていく漆塗りの盆の上に
普段の治療薬とは異なる、紅い色をした錠剤が追加された。
何の疑いもせず、それを口に含んだ瞬間、死の淵に立たされた己は
それから、今も尚それと同じモノを目の前に悩んでいる。
——此は、優しさなのだろうか。
それとも、殺意なのだろうか。
早く楽になれと背中を押されているのか、
早く楽にさせてくれと背中で喚かれているのか。
気が付けば、そんなことばかり考えている。
「…ん。 …ちゃん。 …おねぇちゃん」
「鴫お姉ちゃん!」
「…わぁッ !?」
突如、耳元で叫ばれて起き上がった瞬間。
己を覗き込むような体勢だった相手と思い切り良く
額をぶつけ、互いに其処を押さえながら呻くという結末は。
「…な、なん…——っ、吃驚した……」
小さな驚きと共に。
どうやら、何時の間にか床について眠ってしまっていたらしい
己の布団の横に、ちょこんと腰かける小さな姿が在ったから。
「…へへ。また、遊びに来たよ。…お姉ちゃん、未だ風邪引いてるの?
開けっ放しじゃ寒いでしょ?風邪、酷くなっちゃうから、僕閉めておいた」
可愛らしい顔で無邪気に笑う、あの時の少年。
あれから半年しか経っていないというのに、その笑顔は
幼子から少年の其れへと変化を遂げていた。
「…また、来てくれはったん……?」
白い指先で頭を撫でれば、嬉しそうに笑う彼の頬に
そ、と冷たい唇を押し当て口付ける。
いっちょ前に真っ赤になりながら、慌てたように
距離を取る相手の反応が楽しくて、久しぶりに上がる笑み声。
「…何、恥ずかしいん……?」
つ、と顔を寄せ、首を傾げながら問い掛ける。
何かを言い返したくて、それでも詞が出てこないのか
必死に口をぱくぱくと開閉させる相手の様子はまるで
酸素が足りない金魚を思わせた。
「…可愛いね。あんさん」
未だ紅い顔で此方を何処か、恨めしそうに見遣る彼の視線に
それでも暖かいモノを感じたのは、何故だったのか。
「…風邪が」
「…ん?」
「風邪が治ったら、一緒に何処か、遊びに行こ?」
片手を軽く引っ張られ、そんな詞をかけられて。
一瞬胸の奥が、ひきつれるように声が出なくなった。
「僕、また遊びに来るから。お姉ちゃんの風邪が治るまで、
遊びに来るから。…だから」
つたないながらも一生懸命詞を選んで語る相手の真剣な様子に
はぐらかすことも巫山戯ることも出来ず。——唯、何時しか頷いていた。
「…風邪が、治ったら」
「約束だよっ」
差し出される指先に、戸惑いながらも己の指先を、そっと絡めて。
——去り行く間際に渡した金魚のブローチを、貴方は今も
持ってくれているのだろうか。
あの日、確かに自分は、貴方の純粋な清い優しさに、救われたのだ。
「…ぅん。あの頃のあんさんは、本当に可愛かった」
「…なんですか、それ。まるで今のアタシにかわいげがない
みたいな言い方じゃないですか」
「ははっ。そうやって拗ねた顔するあんさんも、わいは可愛いと思うんやけど」
小さな溜息を付く相手の額をこつん、と小突いて。
「…鴫から沙砂に、生まれ変わったわいのことも、変わらず愛してくれる?」
「…アタシは今の沙砂の方が、好きですよ」
穏やかに笑う、貴方の笑顔も。
あの頃より大人びた其れになりはしたけれど。
「今度、何処か遊びに行きましょう。紅葉狩りなんか、どうでしょ。
山登り、なんて爺臭いですかねぇ…——」
「何処でもえぇよ。あんさんと一緒なら」
「なら、明日も明後日もその次も。ずっと一緒に居ましょう」
今なら、笑顔で頷ける。
差し出されたその手を繋いで、貴方の隣を足並み揃えて歩くことも。
———今なら、出来るから。
====================
遅くなりました。冬編「雪花」です。
とてつもなく強引に現代へと繋げました(凹)
なんだか恥ずかしいバカップルぶり。
…でもイイの。だってバカップルだからッッ(…)
ということで。某様これからも宜しく。
取り敢えず沙砂の過去編は此で一旦、一段落です。
もう長いこと、熱が下がらない。熱く火照った身体。
なのに枕元へ伸ばす指先は、己自身でも驚くほど氷の如く冷たい。
ふらつく足取りで歩み寄る縁側。障子に片手を掛ければ開け放す。
——雪が降っていた。こんこんと。音も無く、閑散とした裏庭に
降り積もる白い結晶。灰色に濁った空の色。太陽も月も、見えない。
嫌な夢を見てしまったから、意識を現実に引き戻そうと思った。
なのに、夢と現実の堺すら、此の家では曖昧。
此の部屋から一歩外に出ることすら許されぬ己は、籠の鳥などという
可愛らしいモノでは無いのかも知れない。
「鴫さん」
振り返れば、其処に。とても珍しい顔があった。
もう何ヶ月もその顔を見ていない。同じ敷地内に住む、実の母親であっても。
「具合はどう?」
穏やかな穏やかな声音で、優しく優しく語りかけるその風情。
凛と美しく、涼やかな立ち姿。歳を取ってもその艶やかさは変わらぬと——
そういえば、誰かが言っていた。
「…平気」
呟いて、無理矢理笑顔を作って。
込み上げる吐き気を唯、何とか堪えた。
「…お薬、此処に置いておくから。無理はしないでね」
穏やかな笑顔をその侭、絶やすことなく去っていった母の
後ろ姿は、されど何処か遠く感じた。
記憶は数年前に遡る。
医者との口論を、偶然此の耳に聞き入れてしまった時の事。
もう治らない病気なら、治療を続けることに何の意味があるのかと。
——彼女は確かに、そう言った。
「…薬…——」
其れ以来、数ヶ月に一度、時折思い出したように
此処を訪れ、優しい言葉をかけて置き去りにしていく漆塗りの盆の上に
普段の治療薬とは異なる、紅い色をした錠剤が追加された。
何の疑いもせず、それを口に含んだ瞬間、死の淵に立たされた己は
それから、今も尚それと同じモノを目の前に悩んでいる。
——此は、優しさなのだろうか。
それとも、殺意なのだろうか。
早く楽になれと背中を押されているのか、
早く楽にさせてくれと背中で喚かれているのか。
気が付けば、そんなことばかり考えている。
「…ん。 …ちゃん。 …おねぇちゃん」
「鴫お姉ちゃん!」
「…わぁッ !?」
突如、耳元で叫ばれて起き上がった瞬間。
己を覗き込むような体勢だった相手と思い切り良く
額をぶつけ、互いに其処を押さえながら呻くという結末は。
「…な、なん…——っ、吃驚した……」
小さな驚きと共に。
どうやら、何時の間にか床について眠ってしまっていたらしい
己の布団の横に、ちょこんと腰かける小さな姿が在ったから。
「…へへ。また、遊びに来たよ。…お姉ちゃん、未だ風邪引いてるの?
開けっ放しじゃ寒いでしょ?風邪、酷くなっちゃうから、僕閉めておいた」
可愛らしい顔で無邪気に笑う、あの時の少年。
あれから半年しか経っていないというのに、その笑顔は
幼子から少年の其れへと変化を遂げていた。
「…また、来てくれはったん……?」
白い指先で頭を撫でれば、嬉しそうに笑う彼の頬に
そ、と冷たい唇を押し当て口付ける。
いっちょ前に真っ赤になりながら、慌てたように
距離を取る相手の反応が楽しくて、久しぶりに上がる笑み声。
「…何、恥ずかしいん……?」
つ、と顔を寄せ、首を傾げながら問い掛ける。
何かを言い返したくて、それでも詞が出てこないのか
必死に口をぱくぱくと開閉させる相手の様子はまるで
酸素が足りない金魚を思わせた。
「…可愛いね。あんさん」
未だ紅い顔で此方を何処か、恨めしそうに見遣る彼の視線に
それでも暖かいモノを感じたのは、何故だったのか。
「…風邪が」
「…ん?」
「風邪が治ったら、一緒に何処か、遊びに行こ?」
片手を軽く引っ張られ、そんな詞をかけられて。
一瞬胸の奥が、ひきつれるように声が出なくなった。
「僕、また遊びに来るから。お姉ちゃんの風邪が治るまで、
遊びに来るから。…だから」
つたないながらも一生懸命詞を選んで語る相手の真剣な様子に
はぐらかすことも巫山戯ることも出来ず。——唯、何時しか頷いていた。
「…風邪が、治ったら」
「約束だよっ」
差し出される指先に、戸惑いながらも己の指先を、そっと絡めて。
——去り行く間際に渡した金魚のブローチを、貴方は今も
持ってくれているのだろうか。
あの日、確かに自分は、貴方の純粋な清い優しさに、救われたのだ。
「…ぅん。あの頃のあんさんは、本当に可愛かった」
「…なんですか、それ。まるで今のアタシにかわいげがない
みたいな言い方じゃないですか」
「ははっ。そうやって拗ねた顔するあんさんも、わいは可愛いと思うんやけど」
小さな溜息を付く相手の額をこつん、と小突いて。
「…鴫から沙砂に、生まれ変わったわいのことも、変わらず愛してくれる?」
「…アタシは今の沙砂の方が、好きですよ」
穏やかに笑う、貴方の笑顔も。
あの頃より大人びた其れになりはしたけれど。
「今度、何処か遊びに行きましょう。紅葉狩りなんか、どうでしょ。
山登り、なんて爺臭いですかねぇ…——」
「何処でもえぇよ。あんさんと一緒なら」
「なら、明日も明後日もその次も。ずっと一緒に居ましょう」
今なら、笑顔で頷ける。
差し出されたその手を繋いで、貴方の隣を足並み揃えて歩くことも。
———今なら、出来るから。
====================
遅くなりました。冬編「雪花」です。
とてつもなく強引に現代へと繋げました(凹)
なんだか恥ずかしいバカップルぶり。
…でもイイの。だってバカップルだからッッ(…)
ということで。某様これからも宜しく。
取り敢えず沙砂の過去編は此で一旦、一段落です。
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今度はこちらが
悶えた!
…とかコメントすると本当にバカップルっぽいので控えようかとおもったのですが、悶えたものは仕方あるまい。
素直に正直に告白いたします。
あれ…なんかこの子、将来アレ(ヘタレ)になるとは思えない程可愛いよ。
悶えた!
…とかコメントすると本当にバカップルっぽいので控えようかとおもったのですが、悶えたものは仕方あるまい。
素直に正直に告白いたします。
あれ…なんかこの子、将来アレ(ヘタレ)になるとは思えない程可愛いよ。